【職人探訪 vol.2】塗師・中薗真幸「フェラーリレッドの新レーキ」
堤淺吉漆店が取り扱う、漆、材料、道具について毎回一商品に焦点を当て、実際に使用して頂いている職人さんや作家さんに、使い手目線の評価をしてもらう不定期連載企画。元地域情報紙の記者で、現在は堤淺吉漆店の営業として全国の職人さん、作家さんを回っている私、森住が昔を思い出しながらちょっと記者ぶってお届けする気まぐれコラムです。
VOL.2 漆工用顔料【新レーキ】其の二
中薗仏壇店(鹿児島県南九州市川辺町)
塗師・中薗真幸さん Facebook Instagram
鹿児島県南九州市川辺町。私が初めて訪れたのはかれこれ5年ほど前だろうか。薩摩半島の南に位置する、人口1万2千人ほどの小さな町。主な産業は仏壇製造。現在は隣接する知覧町などと合併し南九州市となった。
山に囲まれた自然豊かなのどかな風景。ゆったりとした時間が流れている。いまだ馴染めていない京都の雰囲気とは全く違い、なぜか落ち着く。街に唯一あるホームセンターAZに行けば、お客様の誰かにお会いするほど、他に店はほとんどない。それなのに「〇〇仏壇製造所」的な看板が街の至る所にある、言わずと知れた仏壇の街。3日間の出張で40軒ほど訪問する仏壇関係のお客様は、ほぼ半径5㎞圏内に集中。まわりやすくとても好きな産地だ。芋焼酎が有名で、地元の酒蔵、高良酒造の八幡という焼酎は行く場所行く場所で薦められ、今では欠かさず自宅に常備している。
さて、そんな川辺町に仏壇業界きっての塗師がいる。中薗真幸(53)。国の伝統的工芸品でもある川辺仏壇はもちろん、その腕の良さを聞きつけ、全国の仏壇産地から塗りの依頼が入る。業界紙、宗教工芸新聞にも何度となく特集を組まれるほど、名の知れた職人だ。
しかし、そんな中薗さんもこれまで、順風満帆というわけではなかった。
家業は仏壇店。父親からは、「好きな事をやれ」と店を継げということは一切言われなかったという。幼少期から仏壇が身近にあった中薗さんは、その仏壇に加飾する蒔絵に魅力を感じるようになり、高校を出て、福井県鯖江市河和田の蒔絵師に弟子入り。本格的に蒔絵師を目指した。しかし、その2年後に父親が病に倒れ、川辺に戻ることに。蒔絵師の夢をあきらめ、生活していくために地元の仏壇製造会社に入り、ひたすら下地のみを担当した。
7年後に独立。さあ、これからは一人でがんばるぞ。と行きたいところだが、実は下地しかしてこなかった中薗さんは、当然塗りの事などわからない。
ここからの10年が、今の中薗真幸を作り上げた。
「しばらく仕事らしい仕事は来なかったよ。当然だよね。漆塗れないんだから」。
仕事が無かったら練習も出来ない。中薗さんは、知り合いの塗師のところに通い、仏壇の引き出しの中や小物など、あまり目立たない部分の塗りを、「塗らせてほしい」と頼み込み、ただ同然で、ひたすら塗っては失敗を繰り返した。当時の仏壇業界は、猫の手も借りたいほど忙しく、まだ半人前だった中薗さんでも練習には十分な量の手伝いが出来たという。
「僕の漆ぬりは、我流だよ」
「失敗から学ぶ。それが全てだよ」
哀愁たっぷりに語る中薗さん。説得力のある言葉だ。
転機は、ある仏壇メーカーからの依頼。
「扉とか台輪とか塗ってみないか」と声がかかった。
仏壇の塗りはやはり正面が花形。
これまで目立たない部分の塗りを繰り返し練習してきた中薗さんにとってまたとないチャンス。
「思い切って塗ってみたのよ。以外にキレイにさ、思う通りいってね」。
そこから注文が続くようになった。
塗師、中薗真幸が産声を上げたのだ。
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「フェラーリレッド」に「島津紅」。
中薗さんが自ら使う朱漆に付ける独自の呼び名だ。
そう、このフェラーリレッドこそ、当社オリジナルの漆工用顔料「新レーキ」で作り出される色。新レーキには全14色のカラーバリエーションがある。しかし、中薗さんの朱色は、単色ではなく調色した言わば特注色。だから独自に色の名前を付けて発信しているのだ。
今や中薗さんの代名詞とも言えるこのフェラーリレッドも、当時無名だった中薗さんにオファーをかけた某仏壇メーカーからの依頼がきっかけ。最近では、「この漆はどこで手に入るのか」と、中薗さんのSNSを見て国内外からダイレクトメッセージが送られてくるらしい。実際、中薗さんの紹介で、海外から注文を頂くこともある。
出張に行くと、中薗さんは必ず一番最後、夜に伺う。毎回1時間以上話し込み、勉強させてもらっている。中でもフェラーリレッドの話しは良く話題にあがる。
中薗さんは10年以上前からSNSをいち早くはじめ、ご自身の記録をとるかのように発信している。最近はじめた私も厚かましくフォローさせてもらっているが、フェラーリレッドの登場回数は確かに多い。頻繁に更新される中薗さんのSNSの中でも特に反響の大きいこの朱色の漆。当社オリジナルの「新レーキ」顔料と高分散精製漆「光琳」で練り合わせた漆だ。
では、その新レーキを使いこなす中薗さんに特徴を聞いてみる。
中薗さんは、塗師であり、蝋色師でもある。先日「職人探訪vol.1」でお話しを伺った高山尚也さんもそうだったが、塗りも蝋色もされる方に、その両方の視点でこの新レーキを評価してもらうのが私の狙い。
まず、中薗さんはこれまでの塗師屋人生の中で、朱色といえば、製造中止となったカドミ朱を使ってきた方。Vol.1でも書いたが、カドミ朱は刷毛目が立ちにくく塗りやすいのが特徴。それだけに廃盤を惜しむ声は今でも後を絶たない。
でも中薗さんは、蝋色時に気になることがあったという。
「カドミの場合、刷毛目は立ちにくく塗りやすいけど、蝋色する時、炭研ぎして、胴摺りすると、細かなブツが浮き上がっているように見える。そのブツにコンパウンドが絡んで胴摺りの邪魔をする。仕上がった後も良く見ると、細かいブツが写って見えることがあった」
新レーキはどうですか?
「それが無いのよね。発色もいいし、蝋色した時にカドミのような現象は起きず、きれいにスカッとあがるわけよ」。
「レーキは刷毛目が立つと聞いていたけど、新レーキはカドミと変わらないよ。それより蝋色する時の方が、違いが出るよ。僕は新レーキの方がいいと思う」。
さらに「練っている漆が光琳だから、締まりが良くて余計に蝋色しやすいというのもあるけどね」と、うれしいことを付け加えてくれた。
別にやらせではない(笑)。
「フェラーリレッド」と表現する中薗さんの朱塗り。海外からも興味が寄せられるように、仏壇以外の可能性も十分秘めている。金仏壇が主流だった中薗さんも、この新レーキの朱色を活かした新型仏壇や仏壇以外の仕事も舞い込んできている。
今、仏壇業界も漆業界も厳しい時代。しかし、伝統を継承しながら、「漆」にこだわり、確かな技術を駆使すれば、まだまだ販路は拡大するはずだ。それには、漆屋、材料屋である私たちも使い勝手の良い商品を追求していく必要がある。私たちの商品開発は、常にお客様の「あったら便利」をカタチにすること。新レーキはまさにその代表的な商品である。
【顔料比率について】
隠ぺい力が保てる最低の顔料比は漆10に対して新レーキ3
これより顔料を減らすと透けやムラの原因になりますのでお勧めできません。
通常、漆10に対して4~5が刷毛馴染みも良く、ある程度発色もします。
顔料比率の上限に決まりはありませんが、後のチョーキングなどのリスクを考えると、やはり1対1ぐらいまでにしておくのがベター。1対1だと、黄色や白といった明るめの色でも発色します。
【ご注文について】
顔料のみのご注文の場合は、下記オンラインショップよりご注文お願いいたします。
【朱色系】https://www.kourin-urushi.com/?pid=117884835
【その他】https://www.kourin-urushi.com/?pid=117885535
また、漆と練り合わせでご検討されている場合は、漆150g+新レーキ希望量から個別対応させて頂きます。ご注文、ご相談は堤淺吉漆店・森住(もりずみ)まで。
urushiya@kyourushi-tsutsumi.co.jp
に、お名前(会社・工房名)、電話連絡先をご記入の上、漆の種類と量、新レーキの色と量、をご指示頂きます様お願い申し上げます。尚、確認したいことがある場合は、こちらからお電話またはメールさせて頂きます。
今後、50g入り色漆(1対1)に新レーキも数色追加していく予定です。準備が出来ましたらWEBサイトやSNSで報告させて頂きます。
写真提供/中薗仏壇店
筆者/株式会社堤淺吉漆店・森住健吾 Facebook Instagram
プロフィール
神奈川県南足柄市出身。私立桐光学園高等学校にサッカーのスポーツ推薦で入学。在学中、インターハイ3位、全国高校サッカー選手権大会準優勝。日本高校選抜選出。その後、専修大学に進学。体育会サッカー部所属。関東大学サッカーリーグ2部新人賞受賞。卒業後は、仕事とサッカーを両立できる京都の佐川印刷株式会社に就職(サッカーで)。日本フットボールリーグ(JFL)に所属し、選手として活動しながら、人事部にて採用活動に従事。度重なる大けがで2度の手術を経験。サッカー選手を引退し、退職。地元神奈川に戻り、高校時代に取材を受けた株式会社タウンニュース社に就職。茅ヶ崎編集室・厚木編集室にて記者・副編集長を兼務。入社2年後に結婚。相手は遠距離していた京都の漆屋の娘。2児の父となり、そして今、なぜか漆屋で働いている。