漆サミット2016にて講演させて頂きました
2016/11/3~11/5
明治大学グローバルフロント1階にて開催された「漆サミット2016」に参加してきました。
2日目11/4に、「国産漆の利用を考える」というテーマの中で漆の精製において大量の国産漆を扱う立場からのお話、ということでお声がけいただき、講演させていただきました。
国産漆の精製や今後の漆の供給に関わる問題点、そこから生まれた弊社での小さな取り組み「うるしのいっぽ」のことなどお話させて頂きました。
漆の精製って?
国産漆の精製に関しては、需要と供給といった生産量の問題をはじめ、中国産漆のことも交えながらお話させて頂きました。
そもそも漆の精製ってどんなことをするのでしょうか?
天然の樹液である漆は、産地や採取した年によってもちろん特徴が違います。
加えて国産漆は漆を掻く(採る)時期ごとに分別されており、その特徴は掻く職人さんごとにも変わってきます。
私たち漆屋は、そういった様々な特徴をもつ樹液を塗料として利用するために、ウルシの樹液を漉したり、ナヤシ、クロメといった作業によって様々な艶、粘さ、乾きの漆(精製漆)を作っています。
漆の精製は、原料である漆の特徴や作る日の温度、湿度といった気候にも大きく影響されます。
思い通りの艶、乾き、粘さの漆を作るのは大変難しい作業になりますが、その反面、生きた素材を扱う面白さがあります。
現在の国内の漆使用量約50トンのうち国産漆は残念ながら約2%、残りの98%はほぼ中国産漆に頼っています。
入荷の形にも違いがあり、
中国産漆は産地ごとにトン単位で入荷することができるので、その漆の特徴をつかみやすいです。
一方で国産漆は大きくて5貫目(約20㎏)の桶で入荷、桶ごとに性質が異なります。
国産漆のように細かく特徴が変わる漆の精製はより難しくなります。
もしも中国産漆の輸入がとまったら?
当日は漆の供給に関して、中国産漆や国産漆の現状をお伝えしました。
両者とも様々な問題を抱えています。
“当たり前のように輸入している中国産漆が入ってこなくなれば一体どうなるのか?
今の国産漆の生産量ではまかなうことができず、漆の文化が途絶えてしまうのではないか?”
大げさかもしれませんが、危機感を感じています。
特に、漆の現状で不安なことが大きく3つあります。
① 中国産漆の現状
② 国産漆の現状
③ 安価使い捨ての時代、価値観の変化
それぞれ感じていることを書かせて頂きます。
① 中国の山の状況
中国の漆の産地に行った時、現地の漆掻き職人さんに「植栽はしないのですか?」と尋ねたことがあります。
返ってきたのは「何でそんなことする必要があるの?山にはまだまだ木があるし、ここが無くなれば山の高いところに行けばまだたくさんある」という答えでした。
彼らに植栽の考えはないようです。
現実、アクセスしやすく生産効率の良い標高の低い場所では漆の木は伐採され、賃金の高い漢方薬の畑に代わっていました
中国でも漆掻き職人さんの確保は容易ではなくなっています。
経済成長の影響も加わり、人件費は上昇。輸入価格は年々上がっているのが現実です。
今はまだ日本産漆との価格に開きがあるものの、いずれ変わらなくなるのではないか?
そうなる前に中国産漆に助けてもらいながら少しずつ国産漆を増やしていく事はできないか?と思っていました。
② 国産漆の状況
国産漆も今まさにいろんな動きがあり、状況はかわりつつありますが、
国産漆生産量の大分部を占める浄法寺の漆搔職人さんの大半は60代70代です。
その他の産地でも職人さんの高齢化が問題になっています。
10年後はいやいや5年後はどうなるのかな?
技術は?木は?つなぐことはできるのかと不安におもっていました。
もし漆の木が途絶えて一から育てたら10年から15年は漆がない。
今まで苗木を作る方、漆搔きの方、植栽活動を続けてくれた方々に頼っていました。
そもそも漆の木は病気などにも弱い樹種で、簡単に育てられるものではないです。
こういった全てに携わる方の知識や経験が必要だと思います。
大量の漆を生産し、産業として使えるようにするには大きな輪が必要だと思います。
平成27年度より文化庁は、国宝や重要文化財建造物修復に国産漆を使用する方針を決めました。
この発表による現在の国産漆の需要増加は、今まで国産漆の生産を支えてきて頂いた方たちの年齢を考えても、
国産漆が産業として残るぎりぎりのタイミングだったのではないかとも思っています。
なんとかこの機会を国産漆生産の増加につなげたいと思っています。
③安価使い捨ての時代、価値観の変化
~漆屋にできることはなんだろう?~
これまで漆屋は漆を製造・販売することだけに注力してきました。
昔は、高級漆器や茶道具、高級仏壇や仏具が売れた時代でした。
しかし現代は100円ショップや大型量販店など、安価使い捨ての時代にもなっています。
もっとも問題に思うのは価値観の変化です。
物を大切に使う心や先祖を敬う心が失われつつあるのではないか
漆は、その影響をかなり受けているのではないでしょうか?
・漆器は高くて扱いにくい→100円ショップで十分
・住宅様式や価値観の変化で、仏壇は必要ない
・核家族化が進み、子や孫が故郷を離れ、家や仏壇を世話できない。→処分や小型化
・漆も塗料も違いがわからない。
・漆ってそもそもなんだろう?
今まさに昔は当たり前だったことが、時代の流れとともに真逆になっていると感じています。
漆屋としては、もっと漆を知ってもらいたい。
もっと漆のもつ魅力や可能性を感じてもらいたいと思っています。
おおきなことはできませんが漆屋として出来る事を考えてみました。
漆の特性はいっぱいあります
環境にやさしい、究極の循環型塗料
・世界最古の天然塗料
・抗菌性や耐薬品性
・化学塗料では表現できない漆黒・独特の透明感のある艶
・使うほどに育つ艶
・しっとりしているのにさらさらした感触
・繰り返し、修理をして使い続けることができる
・世代を超えて受け継がれる想いをつなぐことができるなど
漆は魅力が有りすぎて簡単に人に伝えようと思っても逆に伝わらない、伝えきれない。
多くの方が漆の魅力にひきこまれています。
一方で漆をあまり知らない人もたくさんいます。
漆は高くて扱いにくいという認識
漆器を持っていても大事にしまわれていて、日頃使っている方は少ないのでは?
そもそも漆が樹液であることを知らないかたも多いと思います。
漆に魅了されるかたがいる一方でほとんど知らない人も大勢います。
職人、作家、漆掻き職人、漆の先生、様々な場所で多くのかたが漆の魅力を発信してくれています。
漆屋も漆屋なりに漆の事を伝えられないだろうか?
漆屋が伝えられること
漆屋は漆を掻く人と使う人の間にいます。
そこから見えることや漆を精製する中で自分たちが感じる漆の面白さ
国産漆、中国産漆、たくさんの種類の漆に触れる中で感じる事など
そんな立ち位置で漆を皆さんに紹介したい
漆屋なりの思いを込めて小さな冊子を作ってみました。
うるしのいっぽ
漆を知らない人が漆の事に興味を持っていただく一歩
私たち漆屋が漆を精製する以外に漆の為にできること
まずは一つ目
そんな冊子を作ってみました。
「こども園ゆりかご」の思い
先ほど言わせて頂いた私の不安に感じていた価値観の変化
これを払しょくしてくれる場所がありました。
物や人を大切に思う心や先祖を敬う心を育む、そう言ったことを日野椀という漆器を通して子供たちに伝えようとしているこども園があります。
京都市の妙心寺の中にあるこども園ゆりかごといいます。
この冊子には長く使い続けることで物への愛着や修理して使い続ける気持ち、物を大切にする心。こうした精神を養いたいという園の気持ちが込められています。
給食食器に漆器?高いし扱いにくい、それがふつうの感覚かもしれません
でも「決して高いとは思いません」と先生はおっしゃいました。
うれしいお言葉と考え方!
ぜひ読んでみてください。
この日は園で調理された給食を各自が持ってきたお弁当に詰めているところです。
色とりどりに野菜もいっぱいいれて楽しそうに作っていまいた。
お味噌汁はアッという間になくなります。
お味噌汁を年長さんは各自でよそって年少さんは先生が入れたものを各自で運びます。
こぼすことはあっても落とさないように大事に運ぶそうです。
御片付けも手伝っていました。
両手でお椀を大事にもつ、素敵な姿ですね、私の息子にもぜひこうなって欲しいと思います。
漆の器のもつ温かみ、しっとりした肌触りなど五感で感じる心地良さ、こういった感覚を子供たちは直感的に感じ、美しい所作も身に付けることができるなと感じました。
園の二階には仏様。子供たちは自然に手を合わせ座禅も組むそうです。
こういう気持ちも育みたいと思います。
こういった体験が子供のころから記憶に残っていくことが大切なことではと感じました。
丹波漆の取り組み
ここは取材した京都府夜久野町にある丹波漆の産地です。
明治時代に500人もの漆掻き職人がいたという丹波漆も現在3名の漆掻き職人さんしかいません。
生産量もわずかとなりましたが植栽、林を管理をすることで、まずは1000本を目標にし、毎年継続的な生産ができる環境を目指しています。栽培と漆掻き技術の伝承にも力をいれています。
これは平成25年に私も参加した植樹祭で、植栽された漆の苗木です。大きくなりました。まだまだですが将来が楽しみです。
これは漆掻きの傷ですが、よく見るとすごくいびつですよね。
実は漆掻き体験によってつけられた傷です。ここでは小中学生に漆掻き体験を行っています。
慣れない人が傷を付ければ、木は痛むし、収量もへります。
身近に漆がある夜久野町でも漆への認識は低かったそうです。
しかし、子供たちが漆掻き体験に行く前と後では漆に対する反応が親子で変わるそうです。
漆掻きをしてきた子供から将来、漆掻きになりたいなどの声も聞けるようになりました。
漆の木を植え、生産量を増すには、まず夜久野のような漆を身近に感じてもらう活動も必要です。
このような活動を丹波漆では毎年重ねています。
今年とれた漆はこれだけです。
本当にわずかです。
でもこの夜久野で植栽し漆掻きを体験した人がここの漆教室で大切に使って自分の器や作品を作っています。
そこにはただ漆を買って器を作る以上に、物への愛着や思い入れがあって、大切に使われていくのではないでしょうか?
真ん中が組合長の岡本さん丹波漆を支え続け後進の育成にも力をいれています。
隣の男性が山内さん「漆と自分が関わっていくうえで、漆掻きの魅力を感じ、後継者不足や木の問題等を知った時自分がやらなければ」とこの道に入った方です。
今年から女性の吉川さん(左)も加わり確実に岡本さんの思いは受け継がれています。
漆屋の思い
当たり前ですが、国産漆は日本にあります。
身近に感じることができます。木を育てる大変さ、漆を掻くという行為
長い年月かけて育てた木からわずかしかとれないということ
それが体験でき、感じることができるのは国産漆の大きな力だと思っています。
昔から日本人らしさといわれるようなもの
物を大切に使い続け、先祖を敬う
自然に手を合わせ、器は両手でもつ、そんなDNAがあるように思います。
そんな感覚をとりもどす力が漆にはあると私は信じています。
多くの方が漆に興味を持って頂き、その可能性に気づいた時
日本のいたるところで漆の木が植えられ、見かけるようにならないかなと思っています。
そうなったら、漆器がjapanと呼ばれる意味が、日本人にも再び周知できるのではないかと思います。
漆の文化を後世に繋げるために、中国産漆の力も借りながら少しずつ、確実に国産漆を増やしていく。
なにかがかけても途切れてしまう。
伝えられてきた材料を残す、技術を伝え続ける。
そのために漆掻き職人、漆屋、漆の使い手、問屋、小売店、そして漆器や漆のものの使い手。
漆が大好きな人一人ひとりが自分たちの立ち位置で漆の魅力を少しずつ伝えることが必要なのかなと思います。
そのきっかけにこの冊子が何か少しでも力になれたらと思います。
こんな思いをお話させて頂きました。
漆屋として多くの方にお伝えしたかったはじめのいっぽ。
こんな機会を与えて頂きありがとうございました。
漆の為に漆屋にできること。
何かいいアイデアがあればお力頂ければと思います。