【職人探訪】vol.4 江藤雄造「泳ぎ出す金魚の蒔絵~ガラス漆の必要性~」

堤淺吉漆店が取り扱う、漆、材料、道具について毎回一商品に焦点を当て、実際に使用して頂いている職人さんや作家さんに、使い手目線の評価をしてもらう不定期連載企画。元地域情報紙の記者で、現在は堤淺吉漆店の営業として全国の職人さん、作家さんを回っている私、森住が昔を思い出しながらちょっと記者ぶってお届けする気まぐれコラムです。


VOL.4 「ガラス漆

江藤漆美術工芸(兵庫県姫路市)
江藤雄造さん  Facebook Instagram Ameba

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アクリル板に金魚の蒔絵。

 今にも泳ぎ出しそうな迫力と立体感は、これまでの蒔絵作品とは一線を画す。
モチーフが金魚ということもあり、斬新なのにどこか懐かしくもあり、安心する。

この画期的な作風で、今注目を集めるのが今回のゲスト江藤雄造さん(37)。


雄造さんは、地元高校のデザイン科を卒業後、父、國雄氏(65)の元で漆を本格的に学び始める。その後、神奈川県の漆芸家、築地久弥氏に従事し、より幅広い知識と技術を習得。さらに2012年から1年間、香川県漆芸研究所で、人間国宝・山下義人氏をはじめ、香川の名だたる漆芸家に指導を受けた。修了後は地元姫路に戻り、國雄氏と共に様々な仕事を経験。現在は独立し、江藤漆美術工芸の看板で、塗り、蒔絵、金継ぎなどの仕事を請け負う一方、作家としても活躍している。



國雄氏(江藤漆工房)は、日本工芸会正会員で、姫路市芸術文化賞を受賞する播州を代表する作家。元々は蒔絵師として、地元の伝統工芸品である姫路仏壇を支えてきた。もちろん現在も仏壇蒔絵の依頼は入るが、年間数本。ピーク時の5分の1にも満たない。

「仏壇蒔絵専業で、待っているだけでは生きていけない」

そう危機感を感じ、塗りから彩色に至るまで、様々な挑戦や研究を繰り返してきた。
現在、全国から多種多様な依頼が寄せられるのも、そうした努力の成果。雄造さんもその背中を見て育ち、目標にしている。

最近は文化財修復など大規模な仕事の依頼も多く、雄造さんと共に寺社などの現場に入ることもある。



今は屋号も顧客も異なる2人だが、作業する工房は同じ。時には協力し、共に高め合って仕事に向き合っている。そんな江藤家では、新しい事に挑戦するのがスタンダード。



この挑戦のDNAが根付く工房は、いつも仕事で溢れかえっている。出張でお伺いする度に、國雄氏が、難しい仕事の依頼に頭を悩ませているが、どこかそれを楽しんでいるかのように見える。雄造さんにいたっては、ほとんどお会いすることもないほど全国を飛び回っている。工房での仕事とは別に、常時15~20の金継ぎ教室で講師を務め、毎月150人もの生徒さんを受け持っているのだ。仕事として金継ぎの依頼も多く、蒔絵師ならではの加飾を施した金継ぎなど、バリエーションも豊富。

雄造さんにとって金継ぎは、漆を理解してもらう上で大切なツール。

「割れても、直して使い続けることで、思い出を積み重ね、モノを大切にする心を伝えたい」

「金継ぎは漆を知ってもらう入り口」

 私も一度、雄造さんが講師を務める金継ぎワークショップを覗かせてもらったことがある。
それは、「株式会社和える」(矢島里佳代表取締役)主催のイベントだった。和えるといえば、「日本の伝統を次世代につなぐ」をコンセプトに、「0歳からの伝統ブランド」として、お子さん向けの漆器の販売や親子で参加できる様々なイベントを開催している。


このWSが開催されたのは確か2017年11月。当社から歩いて5分の直営店「aeru gojo」。講師に雄造さんが来ることを知り、見学させてもらった。この日も親子での参加がほとんど。印象的だったのは、子どもの目線にたった説明。金継ぎの工程もそうだが、「直すことの意味」や「モノを大切にする気持ち」を丁寧に伝えていた。同席していた若い世代の親御さんたちも子どもたちへの説明を聞き、その大切さを再認識しているように見えた。まさに私たちが「うるしのいっぽ」で伝えたいことと同じ。とても共感したのを覚えている。


「金継ぎは漆を知ってもらう入り口」

と話していたのは、大人にも、子どもにも言えること。雄造さんのWSは、ブームである金継ぎのレクチャーではなく、金継ぎを通して、漆の魅力を知ってもらうこと、そして自分たちの暮らしや考え方を見つめ直すきっかけにもなると感心した。


その後行われたトークショーでは、WSの顔とは違い、職人として、アーティストとしてのこだわりを随所に感じる引き込まれるトーク。正直、この時の話しを聞くまでは、失礼ながら、まだどこか作家・江藤國雄の息子さん、として見ていたところがあったが、この日を境に、完全に職人・作家、江藤雄造として見る目が変わった。父親を尊敬していることもお話しの中から感じたが、全く甘えを感じない。むしろ江藤雄造のオリジナルを追求しているのがわかった。


ちなみにこの時のご縁で、和えるさん、矢島さんには今でも大変お世話になっている。

そんな彼を一躍有名にしたのが、冒頭紹介したアクリル板に金魚の蒔絵を施した作品だ。

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蒔絵というと、古典的で高級品といったイメージが強い。京都でもそうだが、「伝統的な蒔絵とは」みたいな考え方が根強く、新しい発想がどこか受け入れられにくいところがある。


しかし、江藤さんの場合、國雄氏が伝統的な仏壇蒔絵を描いて来られた方にも関わらず、自身も斬新な図案を取り入れる柔軟さがあり、むしろ若手の新しい挑戦を応援する。雄造さんも「仏壇蒔絵もしっかり継承していきます」と伝統も重んじる一方で、新たな挑戦としてアクリル板に蒔絵をしている。2人ともが、伝統を重視し、かつ斬新なアイディアを取り入れているからこそ、これほど説得力のある親子はいない。

このアクリル板に金魚を描いた作品には雄造さんなりの様々な思いが込められている。


「これまでの蒔絵は、『綺麗・すごい』という感動はあっても、立体的に見えないという葛藤があった」

「光を当てることで、影が出来、立体的に見える。その影もアートの一部として表現したい」

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そこで考え付いたのが透明なアクリル板に蒔絵をすること。

様々な絵柄の作品を残しているが、代名詞ともいえるのが平和の象徴、金魚。影が出来ることで生きているように感じ、例えばグラスなどに蒔絵されている金魚は、飲み物を注ぐと泳いでいるように見える。

オブジェとしての注文が多く、これまでホテルのカンターや客室、介護施設や個人宅、大学など様々な場所に設置されている。

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子どもたちにも漆を身近に感じてもらおうと、たくさん描く金魚一匹一匹に違う表情を加えたり、「1,000匹いる金魚から一匹だけ口を大きく開けている金魚を探したり、黒の出目金を見つけたりして楽しんでもらえるように、作品に遊び心も入れています」。やっぱり、常に漆を知ってもらう入り口を心掛けている。

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さらに、彼の名が知られるようになったのが「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」。これはご存じレクサスが、夢に向かって、自由な発想で、常識に縛られることなく新しいモノづくりをする若き匠を応援するプロジェクト。まさに雄造さんを指しているようなものだ。この匠の一人として選ばれたことで、より全国的に知名度がアップした。

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ここで発表したのも、このアクリル板に描いた蒔絵。私も昨年冬、全国の匠が一堂に会した展示会(京都)に伺ったが、ひと際存在感があった。

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「違うジャンルの職人たちの考えやビジョンに刺激を受けました。同世代も多く、負けていられないという向上心が沸いてきます」

確かに漆関係の匠は少なく、他のジャンルの工芸作家が多い印象。それぞれが個性的で、同業の中だけで無く、他のジャンルを見たり、知ったりすることで、考え方や発想の幅が広がったという。

今、世界中が新型コロナウイルスの影響で大混乱を強いられている。

忙しくて会うことも出来なかった雄造さんも、あれだけ抱えていた金継ぎ教室が全て休校に。大きな影響を受けている。

しかし、「こんな時だからこそアートの力で応援したい」と、ある計画を立てている。

自身が手掛けた、この金魚アート作品を「事態が終息したら、いろいろなところに無償で貸し出そうと思っています」というのだ。

長引く休校、休園でストレスが溜まる子どもたちのために、例えば幼稚園や保育園、小学校に。医療従事者に感謝の意味を込めて病院に。など。

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「海外ではアートで支援する動きがありますが、日本はあまりない」

「仕事に影響は相当出ると思いますが、無償で運んで、設置も考えています」

「この平和の象徴である金魚を見て一瞬でも笑顔になってもらえれば」と。

素晴らしい試みだと思う。この未曾有の事態の中、今もSNSで、自身の作品をアップし、アートを通して、自粛疲れの心の癒しに一役買っている。

アクリル板やガラスに蒔絵。通常なら漆との密着が悪く、剥離してしまう。

雄造さんはその対策に当社の「ガラス漆」を使用している。


ガラス漆とは、その名の通りガラスなどのツルっとした素材に対し、密着を良くするために開発された商品。陶器やステンレス、螺鈿など、様々な素材に対して塗りや蒔絵を可能にした。

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先にお伝えしておきます。

 当社のガラス漆は、天然漆に10%の合成樹脂を添加することで、密着性を良くしている商品。JIS規格において「漆表示」が可能で、食品衛生法にも適合している。さすがに添加している樹脂の特定までは勘弁してもらいたいが、ここまで情報をオープンにしている。

気を付けて頂きたいのは「天然漆」としての表示は出来ないこと。あくまでもJIS規格における「漆表示」。だだし、中塗りにガラス漆を使用し、トップに天然漆を使用すれば、天然漆表示は可能。


もちろん、この商品に賛否はあると思う。合成樹脂が入っていることに違和感を覚える方もいる。だからこそ、当社は全てオープンにして、選択肢としてラインナップしている。ちなみに、合成樹脂に違和感がある方には、クオリアコーティングという当社独自の表面処理加工技術で、お手持ちの天然漆を直接塗って頂いても、しっかり密着するサービスも用意。それぞれお客様のニーズや判断によって「選んで頂ける」ようにしている。

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雄造さんにはガラス漆もクオリアコーティングも両方お使い頂いている。まさに使用用途やお客様の意向によって使い分けており、時には両方を融合してより密着性を良くしている。

 

アクリル板の作品の多くはガラス漆を使用。
(中塗りに使用、上塗りは天然漆)

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しかし「実際密着は良くないんです。でも時間をかけてしっかり硬化すれば密着性があがり、効果を実感します」と雄造さん。

 いやいや、「密着最高です」って言ってほしかった(笑)。

でも、この言葉、完全にガラス漆を理解し、使いこなしている証拠なのです。

漆は塗った後、1日もすれば触れるようになり、その後数日でしっかり固まる。しかし漆を扱う方ならご存じの通り、そこからさらに硬化が進み塗膜硬度が高くなっていく。ガラス漆は、この硬化に比例して密着性が良くなる性質を持つ。

通常漆は、ガラスに研磨無しで塗り、硬化後に水に漬けると、早ければ1日で下写真左のように、フィルム状にキレイに剥離する。それが、ガラス漆の場合、3週間しっかり硬化させた後、同じく水に漬けても下写真右のようにしっかり密着している。ちなみにこの写真は1カ月水に漬けっぱなしのもの。さすがに艶は落ちるが、爪を立ててこすりつけても、ビクともしない。

当社では、硬化後1週間、2週間、3週間の各塗膜で、それぞれ水没試験やクロスカット試験をしたが、あきらかに3週間後の塗膜の密着が強いのが分かった。逆に硬化させる時間が短いと、剥離の原因となる。

つまり、雄造さんの話している「時間をかけてしっかり硬化」というのは、まさにこのことを指している。1週間、2週間でも、通常の漆に比べると明らかに密着は良いが、より密着性を高めるために、3週間以上ムロに入れておくことをお勧めしている。

ガラス漆の特性や使い方、試験結果などの詳しい説明は下記をご覧下さい。

https://www.kourin-urushi.com/?mode=f6

この雄造さんの作品だが、例えば、オブジェとして設置されたら、人が触れることもなく、正直、通常の漆でも問題ないのかもしれない。しかし、数ある依頼の中には、実際に使用している個人宅のガラスに金魚を描いてほしいとか、8畳分のアクリル板に蒔絵をして、その上で子供たちを遊ばせたい。などの変わった依頼も多い。これらの場合、当然密着強度が必要不可欠。こうした場合に当社のガラス漆は必需品だ。

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繰り返しになりますが、ガラス漆の詳しい特性や使用方法は当社WEBサイトをご覧ください。生漆から黒漆、透漆、色漆まで種類も豊富。

また、クオリアコーティングとの併用や、その他のご質問は森住(もりずみ)まで。

メール urushiya@kyourushi-tsutsumi.co.jp

ご注文は下記からお願い致します。

https://www.kourin-urushi.com/?mode=cate&cbid=2290470&csid=0

最後にお話ししておきますが、雄造さんは、このアクリル板以外の作品も数多く発表されている。例えば、日本伝統工芸展近畿展新人奨励賞を受賞した「藍胎飾箱『夕』」(左)や乾漆で制作した一生使えるお食い初めセット(中央)、京都オパールを使用したぐい飲み(右)など様々。是非、SNSを要チェック。

ちなみに今年、雄造さんも父、國雄氏と同じく、姫路市芸術文化賞を受賞。親子二代に渡り受賞するのは初。今後ますますの活躍に期待がかかる。

写真提供/江藤漆美術工芸

筆者/株式会社堤淺吉漆店・森住健吾   Facebook instagram

プロフィール  

神奈川県南足柄市出身。私立桐光学園高等学校にサッカーのスポーツ推薦で入学。在学中、インターハイ3位、全国高校サッカー選手権大会準優勝。日本高校選抜選出。その後、専修大学に進学。体育会サッカー部所属。関東大学サッカーリーグ2部新人賞受賞。卒業後は、仕事とサッカーを両立できる京都の佐川印刷株式会社に就職(サッカーで)。日本フットボールリーグ(JFL)に所属し、選手として活動しながら、人事部にて採用活動に従事。度重なる大けがで2度の手術を経験。サッカー選手を引退し、退職。地元神奈川に戻り、高校時代に取材を受けた株式会社タウンニュース社に就職。茅ヶ崎編集室・厚木編集室にて記者・副編集長を兼務。入社2年後に結婚。相手は遠距離していた京都の漆屋の娘。2児の父となり、そして今、なぜか漆屋で働いている。

asakitichi tsutsumi