こども園 ゆりかご にて
京都市右京区、臨済宗妙心寺派智勝院内にある「こども園ゆりかご」(川島晋海園長)。ここでは、給食食器に漆器を取り入れた独自の教育を展開している。そこには、どんな目的が
あるのか?園を切り盛りする川島由里子先生に話しを聞いた。
日野椀で育む「心の教育」
こども園 ゆりかご
給食に「うるし」のお椀
妙心寺の北門を入り、しばらく進むと智勝院の門が見えてくる。その門をくぐると子どもたちの元気な声がこだまする。奥に進むと園児たちが裸足で園庭を駆け回る姿。園舎に案内してもらうと、給食の準備がすすめられていた。こども園ゆりかごの給食は、毎日同園で調理されている。栄養バランスが考えられた、ほっかほかの料理は、子どもたちの楽しみの一つ。その給食が盛られる食器にもこだわりがある。中でも味噌汁などを入れる汁椀は、『日野椀』と呼ばれる漆器が使われている。
日野椀とは、現在の滋賀県蒲生郡日野町に古くから伝わる漆塗りのお椀。江戸時代、この地域は漆器の産地として栄え、近江日野商人の主力商品がこの日野椀だったと伝えられている。しかし、時代の流れとともに衰退し、江戸末期には根絶してしまった。こうして一度途絶えてしまった日野椀だが2004年、地元木工家の北川高次氏によって復活。特許取得の減圧真空吸着製法で高分散精製漆「光琳」を使うことにより、耐久性に優れた漆器が実現。現在、幼稚園や保育園、こども園などの給食用食器として採用されている他、様々な場所で利用されている。
本物を大切に、 心を込めて、感謝して
一般的に給食食器として使われているのは、“割れにくくて安全”などの理由からステンレスやプラスチック製が多い。しかし同園の方針は「割れないもの、危なくないものを選ぶより、本物を大切に使う心を育みたい」という真逆の考え方。これまで、強化磁器の器を試したり、地元京都の伝統工芸品、清水焼の器を検討したこともあったが、実現しなかった。そんな中、出合ったのが日野椀だった。
日野椀に魅力を感じたのは「本物の木と本物の漆。全てが天然の物から出来ていること」そして「メンテナンスしながら永く使い続けることが出来ること」と川島先生。物を永く大切に使い続けることによる愛着。壊れても修理して使い続ける気持ち。物を大切にする心…。子どもたちが日野椀を使うことで、こうした精神を養うことが出来るのではないか。そんな期待を込めて日野椀が採用された。
0歳児から6歳児までが共同生活を送る同園。「はじめて0歳児の赤ちゃんに日野椀を渡した時、たぶんいいお椀だということが直観的にわかるのでしょうね。今まで使っていたお椀よりも、大事に使おうとしているのが目に見えてわかるんです。これには本当に驚きました」。昔から言われてきたことだが、漆の製品は、「温かみがある」とか「しっとりした肌触り」とか「温もりを感じる」とか「何となく落ち着く」とか…、うまく言葉では表現出来ないが、五感で感じる心地良さがある。0歳児の園児たちも感覚的に漆の魅力を感じ取ったのではないだろうか。
剥げても壊れても、修復して繰り返し
子どもたちは皆、日野椀がお気に入りのようで「愛おしいと思うぐらい大切に使っている」と川島先生。300客以上あるお椀の中には3客だけ大当たりのお椀がある。それは、高台の内側が朱塗りになっており、そこに金色でお日様のマークが描かれているという粋な遊び心。それもまた子どもたちのハートを掴んでいる要因の一つ。園児だけでなく、先生たちも一緒になって楽しんでいるという。
日々使っているうちに愛着が沸いてくる日野椀。驚くことに給食食器の内、日野椀だけは毎日職員さんが手洗いしている。「手間を省いていくのが今の世の中。大変ですけど、そのひと手間も大切なんです」と川島先生。職員もまた日野椀を通して物を大切にする気持ちを再確認しているからこそ、園児にも伝わるのではないだろうか。
「給食食器に漆器?」「高いし、扱いにくい」。そう思うのが自然かもしれない。しかし川島先生は「決して高いとは思いません」と話す。
最初に揃えた200客は9年で一度塗り替えのメンテナンスをして今も使い続けている。逆に言えば、毎日使う物を9年に一度の塗り替えで、繰り返し使い続けることが出来る。食育にもつながるし、ゴミにもならない。その『価値』からすれば、確かに高いとは思わない。
忘れかけた日本人の心未来を担うこどもたちへ
こども園ゆりかごの教育方針の一つに「いろんな人の いろんな生き物の いろんなものの おかげさまで生かされている」という言葉がある。私たちも共感出来る。漆の木から樹液を頂く。自然の恵みのおかげ様で私たち漆屋も成り立っている。感謝。感謝。便利なものが何でも簡単に手に入る昨今。物を大切にし、感謝する『おかげ様の精神』というのは失われつつある。同園の日野椀を通じた教育は、失われかけた日本人の心を、未来を担う子どもたちに継承する素晴らしい取り組みだ。